コロンビア号空中分解事故 – 2003年

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2003年2月1日、スケジュールではまもなく28回目のミッションが終了するころ、スペースシャトルコロンビア号はテキサス州とルイジアナ州の上空で大気圏に再突入している間に崩壊し、7名の乗組員全員が死亡する結果となった。

コロンビア号の損失は、打ち上げ時の衝撃で外部タンク表面からブリーフケース大の発砲断熱材の破片が剥離したことが原因で起こった。粉々になったその破片は左の主翼にぶつかり、シャトルの熱防護システムを壊した。熱防護システムは再突入の際に大気圧のせいで発生する強烈な熱から機体を遮るためのものだった。

コロンビア号がまだ軌道上にいる間に数人のエンジニアがその損傷に気づいたが、NASAのマネージャー達は”コロンビア号の乗組員にはその問題を修復する手段が無い”、という判断を下し、その調査自体を制限した。この事故についてコロンビア号の事故調査委員会はのちにシャトルをアトランティス号で救出できた可能性はあった、と結論づけた。

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Columbia Disaster Eyewitness Video

チャレンジャー号爆発事故 – 1986年

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1986年1月28日、アメリカ国内の多数の子供たちが、彼らの学校内でスペースシャトル・チャレンジャー号の10回目のフライトを伝えるCNNのライブ中継を見守っていた。その理由は今回の乗組員の中に初めて宇宙に向かう教師、クリスタ・マコーリフがいたからだった。

しかし、発射後の73秒間に起こったことは誰もが予想だにしなかっただろう。そのシャトルは大西洋上に墜落し、7人の乗組員が死亡するという事故を引き起こした。これはのちに”チャレンジャー号の惨事”として広く知られることになった。

調査によると、Oリングの欠陥で燃料パイプの密閉が不十分になり、シャトルの推力を補助する固体燃料式ロケットからの高温のガスが外部の燃料タンクとブースターの支柱に吹き付けていたことが判明した。結果、支柱は外れ個体ロケットブースターが主燃料タンクの先端に衝突した。チャレンジャー号はマッハ1.8(時速約2200km)で横に投げ出されてバラバラになり、乗組員全員が命を落とす結果となった。

NASAの調査員達は彼らは機体崩壊後も生き延びたかもしれないと考えている。非常用酸素を動かそうとした形跡があったことから、低酸素症で失神した可能性があると示唆したのだ。しかし大部分が無傷だったコックピットが時速320kmで海面に叩きつけられた時、その崩壊を凌いだ生存者も亡くなってしまったのだろう。

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Challenger Disaster Live on CNN

ソユーズ1号の帰還失敗 – 1967年

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ソユーズ1号は1967年4月23日に打ち上げられたソビエト連邦の有人宇宙船である。宇宙飛行士としてウラジーミル・コマロフが搭乗していたが、地球帰還時に死亡した。彼は有人宇宙飛行の歴史における、最初の飛行中の事故による死者である。

ソユーズ1号は宇宙船の姿勢検知装置に異常が生じ、宇宙船の操縦が困難になった。ソ連上空を通過してすぐにソユーズ1号は逆推進ロケットを噴射して地球周回軌道を離脱したが、ほとんど宇宙船を制御することができなかった。メインパラシュートは開かず、手動で展開した予備のパラシュートも、減速用のパラシュートと絡まってしまい開かなかった。ソユーズはほとんど減速することなく秒速40m(時速145km)で地上に激突した。

激突と共に爆発が生じ、カプセルは激しい炎に包まれた。落下地点では農民達が駆けつけて消火に当たったが、コマロフは衝突によって既に死亡していた。

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ソユーズ11号の帰還失敗 – 1971年

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ソユーズ11号はソ連の有人宇宙船で、世界初の宇宙ステーション・サリュート1号へのドッキングに初めて成功したが、大気圏再突入の準備中に宇宙船内の空気が失われ、搭乗していた3人の宇宙飛行士が窒息死するという悲劇に終わった。

原因を究明すると、帰還モジュールとソユーズ本体を繋ぐバルブの部分に欠陥が見つかった。直径1mm以下のそのバルブは着陸の瞬間までカプセル内の気圧を保つはずだったが、この時は再突入前からカプセル内の空気を宇宙に漏らしてしまっていた。上空168kmにいる時点で、わずか30秒の間にカプセル内の空気は全て失われたと推定された。バルブを手動で閉めるには60秒は必要で、ドブロボルスキーは亡くなる前に半分まで閉めていた。

アポロ1号の火災事故 – 1967年

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アポロ1号は、アメリカ合衆国のアポロ計画において、1967年2月21日の発射を目指して準備が進められていた最初の有人宇宙飛行計画である。同年1月27日、ケネディ宇宙センター34番発射台上で発射の予行演習を行っていた際に発生した火災により、船内にいた宇宙飛行士3人が犠牲になり、司令船も焼失した。

搭乗員たちは待ち時間のあいだに、チェックリストの再点検を行っていた。午後6時30分54秒、電圧計がほんの一瞬だけ上昇するのが記録された。チャフィーが「おい (Hey) 」と言い、そのあと何かを引きずるような音が3秒間続き、グリソムが「火が燃えはじめている」と伝えた。続いてチャフィーが「操縦室内で火災が発生している」と報告し、ホワイトがそれに応答した。12秒後、チャフィーが他の乗組員たちに司令船から脱出するよう促した。

最初に火災の報告があってから17秒後の午後6時31分21秒、誰かの悲鳴が聞こえた直後にとつぜん通信が途絶えた。火災ガスにより船内の気圧は29 psi (200 kPa) まで上昇し、その後爆発が発生して船内の機器が破壊された。

強い熱と濃い煙に妨げられ、救助隊員たちの救出活動は遅れた。救助隊員らは濃い煙に視界を妨げられ、最初は飛行士たちの姿を確認することはできなかった。煙が薄まってきたとき、ようやく彼らは船内に遺体が横たわっているのを発見した。

出火の直接の原因は究明されることはなかったが、飛行士の生命を奪った要因は、初期型アポロ司令船の設計および構造における広範囲な致命的な欠陥に起因するものであるとされた。これらの問題が修正されるまで、アメリカの有人宇宙飛行計画は20ヶ月間中止された。

ニェジェーリンの大惨事 – 1960年

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ニェジェーリンの大惨事は、1960年10月24日にバイコヌール宇宙基地でソビエト連邦の大陸間弾道ミサイルR-16の試験打上げ時に発射台上で発生した事故である。

試作ミサイルの試験飛行のため発射台で準備が行われている間、誤って二段目のロケットエンジンが着火した。結果として地上で大規模な爆発に至り、多くの軍人や技術者等が犠牲となった。公式の発表では死者90人であったが、実際には最大で150人程度に上り、一般的にはおそらく120人程度と推定されている。災害の規模にも関わらず、この事故のニュースは長年にわたり隠蔽され、ソビエト政府も1989年まで認めていなかった。

打上げ前の準備中、プログラム制御配電器は打上げ後の設定にセットされ、打上げ前の設定にセットし直す必要があった。この配電器から時間に合わせてロケットへ電気信号が送られ、適切に燃焼膜を開き、エンジン燃焼を調整し、各段の分離を行うはずだった。後に、配電器がゼロにリセットされていないことに気付いた技術者がこれをリセットした。

しかし、ロケットに積まれたバッテリーには既に電源が入って接続されており、安全ブロックはテストの間無効化されていた。配電器のリセットによって燃焼バルブが開き、第二段目のロケットのエンジンが点火した。

第二段目のエンジンはすぐに発火した。炎が第一段目の燃料タンクに達すると爆発した。発射台周辺に設置された自動ビデオカメラは爆発の瞬間を記録していた。ロケットの近くにいた人々はすぐに焼け焦げた。遠くにいた人々は火傷を負って死ぬか、毒ガスで死亡した。

長征3Bロケットの爆発 – 1996年

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1996年2月14日、飛行中だった中国の長征3号Bロケットが墜落した。強い腐食性を持つ非対称ジメチルヒドラジンが一帯に飛散し、村は壊滅。中国政府の公式確認では死者は56人。米国の軍事情報筋によれば、200人以上が死亡したとみられている。500人が死亡したという情報もある。

打上げ9秒後に機体が水平方向に傾き、打上げ22秒後にロケットは山腹に激突した。衛星を搭載した部分はその少し前に荷重に耐えられなくなってちぎれ落下した。ロケットが落下した場所は宇宙センターのゲートの隣で、その場所には打ち上げ前に数百人の村人たちが集まって見学していた所だった。

中国当局者は打ち上げ前には、彼らを全員退避させたと語ったが、それは疑わしい。ホテルなどがある居住地域に戻ると、損傷を受けていない建物はなかった。ホテルに入るとすべての部屋の窓やドアは吹き飛ばされており、壁にも穴が開いていた。

2週間後、中国の新聞はこの事故の死亡者は6人、負傷者は57人であったと発表した。この数は技術者たちの被害としては現実的だと思われるが、集まっていた村人たちのうちどのくらいが死んだのかはわからない。だが数百人が死んだのは間違いないだろう。

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